糖尿病と生きる人生ではなく糖尿病のない人生を!

Metabolic Surgeryの現在と未来・・・21世紀に奇跡はおこるのか?!

糖尿病は世界中で急激に増え続けている慢性疾患です。多くの人々の尽力で糖尿病について多くのことが明らかになり、多くの新薬が次々に開発され治療法は進歩しています。しかし未だに糖尿病は腎不全からの血液透析、足壊疽による下肢切断、血管病変による脳梗塞、心筋梗塞、網膜症による失明、癌、末梢神経障害、その他多くの病気の原因となっていて未だにその疾患を攻略できていないのが現状です。
 20世紀が終わりに近づいた頃、2型糖尿病を合併した高度肥満患者に胃バイパス術を行うと、血糖値が驚く程の速さで改善し、経口糖尿病薬やインスリンが不要になる症例が多数認
められることに肥満外科医たちは気づきました。確かに体重が減ると耐糖能が改善して糖尿病がよくなることは知られていましたが、胃バイパス術後の耐糖能改善のスピードは数日単位で起こり、体重が減るよりも圧倒的な速さで起こりました。しかも、8割以上の確率で血糖値をコントロールする薬(インスリンを含む)が不要になりました。これは、極めてミステリアスな現象でした。何か、私たちが未だ知らない仕組みが体の中にあるとしか考えられません。いったい何が起こっているのか・・・多くの人がその謎に挑んできましたが今なお解明されるには至っていません。むしろ、謎は深
まるばかりです。糖尿病を単に、膵臓から出るインスリンが少ないから、とか、内臓脂肪が増えてインスリン抵抗性が高くなるから・・云々といった単純なものでなく、消化管や肝臓、胆汁、ホルモン、神経、脳などが複雑に絡み合っているらしいと考えられています。明かなのは、スリーブ状胃切除術や胃バイパス術を行うと一定の確率で糖尿病治療が不要になる患者さんが出てくるということです。これが、いわゆる『Metabolic Surgery メタボリックサージャリー』という新しい外科治療の分野の始まりですね。でも、やはり、胃バイパスが全ての人に同じように効果があるわけで
はないこともまた分かってきました。ですから『どのような患者さんにいつ、どのような手術をすべきなのか?』ということが重要になってきます。糖尿病に対して外科治療が効果がある患者さんを術前に知ることができればどんなに素晴らしいことだろう・・・と思っていたのですが、最近少しづつその答えが見つかってきています。その最も信頼性の高いのが台湾のLee WJ先生のグループが見つけたABCDスコアと呼ばれるものです。多くの胃バイパスの患者さんのデータを詳細に分析した結果、胃バイパス術によって糖尿病が治りやすい患者さんは『40歳未満の比較的若い人』『より肥満度が高い人』『インスリン分泌能が高い人』『糖尿病が発症してそれほど年月の経過していない人』であることを突き止
めました。そして、それらの要素を点数化することによって、胃バイパスをしたらどれくらいの確率で糖尿病が治癒(完全緩解)するのかを予測することが出来ました。また、最近、アメリカのChristopher D Stillらによって胃バイパスによって2型糖尿病がどれくらいの確率で緩解(治癒)するのかを予測するシステムである『DiaRem Score』というのが開発され、様々なところで追試がなされてその有用性が明らかになっているようです。DiaRem(ディアレム)はDiabetes(糖尿病)とRemission(緩解)を組み合わせた造語だと思いますので、日本語にすると『糖尿病緩解スコア』ということになります。ではLee WJのABCD ScoreとStill CDのDiaRemのいずれのスコアがいいのでしょう
か?DiaRem Scoreは患者さんの『年齢』『HbA1cの値』『糖尿病内服薬の有無と種類』『インスリンの使用の有無』をパラメーターとして点数化しています。

結論から言うと今のところ、あくまでも僕個人の印象ですが、ABCDスコアの方が、有用だと思っています。添付のグラフが示すようにスコアと糖尿病の緩解率が非常によく相関しています。それに加え、ABCDスコアはいろいろなメッセージを含んでいます。つまり、『40歳を越えると急激にバイパス手術の効果が落ちるので、外科治療を考慮するならできれば30歳代までに行った方がいいでしょう』『肥満度が低い人、つまりBMI
27未満の人はバイパス手術をしても糖尿病がよくならない可能性が高いので外科治療の選択は慎重にしましょう』『インスリン分泌能が低下しているとバイパス手術の効果が乏しいので膵臓が元気なうちに外科治療を考慮しましょう』『糖尿病になってからあまり長い時間が過ぎるとバイパス手術をしても効果が乏しいのでできれば5年以内、どんなに遅くても8年以内に外科治療をしましょう』というような感じですね。一方、DiaRemスコアのパラメータは既に行っている内科治療の内容や治療結果からスコアがはじき出されるの
で、患者さん自身の身体的状況から直接発せられる情報ではありません。つまり、糖尿病専門医が行う治療内容やその検査結果から間接的に患者さんの身体的状況をくみ取っているような気がします。メッセージもはっきりしません。うがった考え方かもしれませんが、治療を行っているドクターの好みや能力でかなりスコアーに変化が生じるのではないでしょうか?糖尿病は必ずしも専門医が治療しているとは限らないと思いますので・・。固形癌(大腸癌、胃がん、乳がん、肝癌、膵癌・・・など)の多くはTNM
分類といって『腫瘍の大きさ』『リンパ節転移の状況』『遠隔転移の状況』というシステムによって病気の進行具合が決まり、治療方針や予後の予測に用いられます。癌治療では早期発見、早期”外科”治療がいい結果をもたらすというのはもはや常識ですが、糖尿病治療においても同様に、病期(ステージ)を決めるシステムが開発され適切な時期に適切な治療を患者さんに科学的根拠をもって提供できる日が早く来ることを願っています。

 
 

 


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